問題と仮説 日常で見つけた問題を、試して確かめる

現金1万円札は、お金にあらず

パンが安いらしい店があると聞いて、自転車で20分ほど走って行ってみた。

ところが、思ったほど安くなかった。

近所の激安スーパーで特売品を買った方が安い。

まあ、それはいい。

実際に行ってみなければ分からなかったことだからだ。

それよりも今回面白かったのは、財布に入っていた1万円札だった。

パンを400円ほど買おうと思ったのだが、1万円札しかない。

小さな現金商売のお店で、

「400円の買い物に1万円札を出す」

これは、なかなかやりにくい。

店側からすれば9,600円もの釣り銭を用意しなければならない。

そこで近くのコンビニへ行き、120円ほどの飲み物を買った。

1万円札を出す。

コンビニでは普通に使える。

そこで手に入れた千円札を持って、もう一度パン屋へ行く。

ようやく400円のパンを買えた。

ここで妙なことに気づいた。

1万円札は現金なのに、場所によっては実質的に「使えないお金」になる。

もちろん、法律上使えないという意味ではない。

問題はもっと生活上の話だ。

大きなスーパーやコンビニなら、1万円札を出してもそれほど困らない。

しかし、小さな店では違う。

店側が大量の釣り銭を準備すること自体が負担になる。

つまり同じ1万円でも、

「コンビニでは使いやすい1万円」

「小さな店では使いにくい1万円」

になる。

お金の価値は同じなのに、使える場所によって実用性が変わる。

これは現金の弱点の一つなのではないか。

キャッシュレス決済なら400円の商品に400円を払えば終わる。

1万円を9,600円と400円に分解する必要がない。

一方で、小さな店がキャッシュレス決済を導入すれば、今度は決済手数料や端末、入金管理などの負担が発生する。

だから「キャッシュレスにすれば解決」という単純な話でもない。

店には店の事情がある。

客には客の事情がある。

その間に「釣り銭」という小さな問題が存在している。

今回、私は400円のパンを買うために、自転車で店まで行き、コンビニで飲み物を買い、1万円札を崩して、再びパンを買った。

効率だけ考えれば、近所のスーパーでパンを買えばよかった。

でも実際に行ったからこそ、

「財布に1万円入っている」と「400円のものを買える」は、必ずしも同じではない。

ということに気づいた。

1万円札には1万円の価値がある。

でも、400円を払えなければ、その瞬間だけは役に立たない。

だから今回の結論。

現金1万円札は、ときどきお金にあらず。

こういう小さな不便の中に、まだ解決されていない生活の課題が隠れているのかもしれない。

考えたことがあれば